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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(あ)935号 決定 1966年9月30日

本籍

韓国慶尚北道栄州郡平恩面水島里

住居

東京都北区中里町四番地

会社役員

金子鶴一こと 金鶴鎮

大正一〇年一〇月九日生

右所得税法違反被告事件について、昭和四一年三月二九日東京高等裁判所の言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人長谷岳、同伊東忠夫の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。また、記録を調べても、同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柏原語六 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎)

上告趣意書

昭和四一年(あ)第九三五号

被告人 金鶴鎮

弁護人長谷岳、同伊東忠夫の上告趣意(昭和四一年六月七日付)

原審の刑の量定は、刑事訴訟法第四百十一条第二号の事由に該当し甚だしく不当であつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するから、原判決を破棄相成つて然るべしと思料する。

一、第一審は、被告人に対し懲役八月(執行猶予三年)罰金二千七百万円(附随する換刑処分、以下罰金刑という)の刑罰を科したが、このうちの罰金刑は、後記二の被告人における本件犯行の情状および同三、の刑の量定甚だしく不当なる所以記載点から、甚しく正義に反し、刑の謙抑の見地に悖つているものと考えられる次第である。

二、被告人の情状

(一) 被告人は、本件脱税事件について、その非を卒直に認め、捜査当時より第一審判決まで弁護人を付せず、逋脱所得額算定に関する計数上の不満も敢えて訴えず、租税道義に目覚め、進んで捜査官に対し各証拠資料を提供し、又公判にあつては本件公訴事実全部を認めて来たのである。

(二) 被告人の本件脱税は、その所属する組合の係員が所轄税務署と接衝し、その調定するところに漫然従つて税額の申告を為して来た結果によるものであり、逋脱の態様も二重帳簿の作成その他計画的組織的な脱税工作をなしたと窺い知るべき悪質性は全く認められず、ただ、一般の多数人心裡に潜在するやに思料せられる類型的逋脱意識に対する非難性があるに過ぎない。

(三) 被告人は、銀行よりの借入金を以て既に脱本税全部を納入ずみで、重加算税、利子税等の追徴税(以下追徴税という)については、東京国税局の諒解による月賦納税金七〇万円を現に納税中であり(別紙添付金一五〇万円領収証御参照乞う)、仮りにもし被告人が昭和四一年五月三一日現在の追徴税未納額約七一、三五三、三〇〇円の納税を怠つたとしても、国家は被告人所有の約一億三千万円以上と評価される(勧業不動産株式会社今野剛一作成の不動産鑑定評価書)不動産を差押中であるので、国家に対し財政的損害をかける虞れは全くない。

三、刑の量定が甚だしく不当の所以

(一) 御庁判例(最高裁昭和三三年四月三〇日大法廷判決、民集一二―六―九三八頁)の如く追徴税と刑罰(懲役と罰金刑)の併科について、追徴税昭和三六年度五〇パーセント、昭和三七年、三八年度三〇パーセントを課す租税行政罰は、国家の租税債権確保のための経済的制裁であり、刑罰は租税犯の有する反倫理的罪悪性を非難し租税道義を強化する目的を有するものであるから二重処刑にならないとしても、前記二、記載の被告人の情状を前提として、後記諸般の情状をも併せ参酌されて然るべきものと考えられる。

(二) 世界各国の立法の動向である法定犯たる租税犯が流動移向して自然犯的性格を持つようになつたが、租税犯に対する制裁としての懲役刑は、一般刑事犯に対する刑罰の動向(特別予防)と異り一般予防的要素、即ち政策的見地よりする威嚇の要素が強いものであるところ、被告人には本件脱税事件の有する反倫理的罪悪性を非難され、懲役八月という威嚇的な自由刑を科せられている。

(三) 大審院判例(明治四〇年一〇月一〇日判決、刑録十三輯一、〇九六頁、一、一一四頁)は、「税法違反の制裁として科するところの罰金は、名は刑罰なるも其性質においては脱税に対する一種の賠償処分なるを以て」と判示している如く、現在の税法罰則には租税犯に対する罰金の実質を、租税債権の侵害に対する損害賠償視する国庫主義的特殊性が未だに維持されていると思料される。即ち租税刑法の立法の動向が国庫主義的特殊性を脱却して一般刑事法化、責任刑事法化の一途をたどつては(或いは刑事制裁的色彩を強めては)いるのであろうが、追徴税に加うるに多額な本件罰金刑と懲役刑の併科は、酷に過ぎると思料せられる。

(四) 租税犯について懲役刑に罰金刑を併科することは、主として被告人から不当利益を剥奪するにあるとすれば、被告人において不当利益は残存してない。

(五) 被告人に実刑を科しては酷に過ぎるが、さりとて執行猶予三年にしたままでは刑罰としての効果が期待し難いので罰金を併科したとするならば、被告人が納税意識を自覚し再犯の虞れが全くないのに、被告人に対し金七千五百五十万円の追徴税額(うち金四三〇万円納入ずみ)に加うるに、罰金二千七百万円、この合計約金一億二五五万円余の経済的制裁を科するということは被告人の事業、被告人の経済的自立を根底より覆し被告人の社会生活を破滅に導く応報観に徹した罰金刑であると考えられるのみならず、他の一般判決例に比し著しく高額で均衡を失する極刑であるといわなければならない。

由是観之、被告人に対し金二千七百万円という多額な罰金刑を科するは、その刑の量定甚だしく苛酷であり、原判決を破棄しなければ他の一般裁判例に比して均衡を失し著しく正義に反するから、刑事訴訟法第四百十一条に則り原判決を破棄するのが相当であると思料する。

以上

(添付書類記載省略)

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